第616回/空を渡る風、道拓く - 空中回廊(亘莉たつき)
空中回廊
準推薦■制作者/亘莉たつき(ダウンロード)
■ジャンル/家庭と青春迷走ノベル
■プレイ時間/40分
女子高生の堀川陸は、両親の離婚・再婚によって心が乱され、志望校の受験に失敗。望まない進学先で無気力な毎日を過ごしていた。新しい母親亜紀は年が若く、ほとんど両親とは会話する事がない。そんなある日、学校の屋上で上級生の原田英治と出会った。原田は、しばらく前に自殺した生徒と陸が同じだと言うのだが。構成に感心するシリアス青春ノベル。
ここが○
- 整っていて読みやすい文章。
- 様々な要素が立体的に絡み合い、しっかりした物語を構成。
- 真相に目を向けさせない構成力の上手さ。
ここが×
- 取っ付きが良いとは言えない冒頭部。
- ちょっと呆気ない終わり方。
- 演出にはもう少し凝っても良かったのでは。
■空を渡る風、道拓く
結構古い作品です。立ち絵がない文字だけの作品です。タイトルも地味です。そしてノベコレはおろか、ふりーむや夢現でも公開されておらず、Vectorでしか公開されていませんから、今この作品を改めて偶然プレイしようとする人も、それほどいないでしょう。しかしこれは埋もれた傑作だと思います。読み終えた後、うーむと唸ってしまいました。主人公の名前は、堀川陸。男みたいな名前ですが、女子高生です。彼女は、中学生の時に両親が離婚し、その影響か高校受験に失敗。滑り止めの私立高校へ行く事になりましたが、望まない進学先だったので、無気力な毎日を過ごすばかりでした。そして父親は、自分と10才くらいしか年が違わない女性と再婚。家ではほとんど口を聞かないようになってしまいました。
そんなある日、授業を抜け出して屋上に行くと、そこに1人の男子生徒が。彼は上級生の原田英治。実は陸の学校では、しばらく前に男子生徒の自殺事件が起こっていたのですが、原田は陸を見て、彼女が自殺した生徒に似ていると言います。否定しようとする陸でしたが……。こんな感じで物語が始まります。
出だしは、設定が設定ですし、陸も「自分は悪くない、環境が悪かったのだ」と、少女期にありがちな責任転嫁をするキャラクターですし、加えて彼女の家庭環境もぎすぎすしており、お世辞にも取っ付きがいい物語とは言えません。しかし読み進めると必ずやその印象は払拭されますので、序盤で「ちょっと……」と思った方も、そこは少しばかりこらえて読んでみてください。
この作品を読んで、何より優れていると感じたのはその構成です。この作品の落ちの付け方自体は、新しくも何ともありません。同様のネタを使った作品は山ほどあります。しかしこの作品は、メインである陸と原田の関わり以外の要素を巧みに盛り込んで、真実に目を向けさせないようにした作りが、非常に巧みでした。ラストで明かされて、視界の外から当たり前の事実を知らされたような、気持ちのいい「やられた感」を味わえました。ミスディレクションとはかくあるべき、と言える作品です。
そのように、メインの謎から目を逸らさせようとするのはなかなか難しいものです。ともすれば、わざとらしさを感じさせる事もあるのですが、この作品の場合、陸の家庭環境や、途中で登場する毬町とのエピソードが上手く真実から目を逸らさせています。のみならず、これらのサブエピソードにより物語が更に厚みを増していると言う、申し分のない作り。この作品の構成の上手さには脱帽ものです。
描写は抑えめで、大げさなところはありません。後半にも、殊更に感動を煽り立てるようなイベントがある訳でもありません。にも関わらず、よくできた設定と構成、人物描写によって、短編作品としては一級品に仕上がっていると思います。個人的には、毬町がお気に入りです。彼自身、信念を持って茨の道を歩き始めた人ですが、押し付けがましく語らないところがいいですね。だからこそ、陸も心を動かされるところがあったのでしょう。
毬町だけでなく、登場する全てのキャラクターにしっかりとした息吹が感じられます。地味ではあるのですが、見事な物語でした。終わり方が呆気ない(簡単なエンドクレジットが流れたと思ったら、いきなりウィンドウが閉じてしまう)のが寂しかったですが(笑)。それと、演出にはもう少し凝っても良かったような気がしますね。まあ、このあっさりとした演出がこの作品に合っているような気もしますけど。
作中には「空中回廊」と言う名前の小説が出てきて、小説のシーンの描写もあります。途中はちょっと分かりにくいと感じる箇所もあり、必ずしも効果をあげているとは言い難いようにも思いますが、ラストシーンの利用の仕方は上手く、そして読者に訴える力を持った描き方だと思いました。
ツールはNScripterです。選択肢はなく、プレイ時間はゆっくり読んでも1時間かからないでしょう。私は40分で読み終えました。地味ですが非常に味わい深く、そして希望も感じられるラストが印象的な作品です。ブラウザーでプレイできる作品が全盛の今、Vectorでしかダウンロードできないこの作品は、誰も顧みないのかもしれません。でも忘れられるのはあまりに勿体無い作品。短編作品としてはなかなかみられない工夫を凝らされています。地味な見た目で敬遠せず、是非。(19.3.12追記/Vectorだけでなく、ふりーむでもダウンロードできるという情報をいただきました)
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