第612回/春宵一刻値千金 - 春のうらら(SEAWEST) - 学園・青春
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第612回/春宵一刻値千金 - 春のうらら(SEAWEST)

学園・青春
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春のうらら

春のうらら準推薦
■制作者/SEAWEST(ダウンロード
■ジャンル/大人化に抗う子供の苦悩ノベル
■プレイ時間/2時間半

西暦2087年の日本。この時代の日本では、18才の誕生日に、脳に「大人化」の処置を施す事で、犯罪が激減し全く平和な国家となっていた。仲田春彦は高校3年生。クラスメイトが次々「大人」になって行く中、誕生日が3月で一番遅い彼は、大人になると失うものを目の当たりにして苦悩する。個性的な設定が濃密な人間ドラマを生む青春物語。

ここが○

  • この独創的な設定なしではありえない物語。
  • 登場人物達の心情がよく描かれている。
  • 各章しっかり起伏があり、だれずに読める。

ここが×

  • どうも後ろ向きな気がする終わり方。
  • キャラの扱いに少々難を感じる。
  • 全然未来という感じがしない。

■春宵一刻値千金

何とも独創的な設定の物語のご紹介です。「春の日に道は続く」の作者さんの作品。時は西暦2087年ですから、今から70年近く後という設定です。この時代の日本では、18才の誕生日を迎えると、「大人化」という処置を受ける事になります。これにより、過剰な自我が抑えられ、この時代の日本からは犯罪が皆無となり、大変平和な時代になっていました。

そんな時代の高校3年生、仲田春彦が主人公。彼は、口の悪い幼馴染の西谷奈月と、密かに憧れている篠原沙織と、毎日楽しく過ごしていました。出だしは全く普通の学園ものなのですが、クラスメイトの中で一番誕生日が遅い春彦は、仲間達がだんだん「大人」になっていく様子を見届ける事になります。独特の設定が生かされているというよりも、この設定でないと表現し得ない物語であり、まずそこに感心しました。

春のうらら読み始めてすぐに気になった点です。この作品は70年後の未来という設定なのですが、全く未来っぽさがありません。春彦達が作中で使っている携帯電話は、スマートフォンではなくガラケーであるような描写もあるため、むしろ少し前の時代の物語にすら見えます。だからと言ってこの物語の面白さが削がれたりはしないのですが、せっかくの設定ですし、ここにも一工夫あっても良かったかも知れません。

物語は春夏秋冬の全4章構成で、第2章だけは奈月視点ですが、その他は春彦視点での物語です。春では春彦と沙織、拓真との三角関係模様の恋愛、夏では奈月の沖縄旅行と、それぞれの章に核となるイベントがあるので、退屈する事なく読むことが出来ます。登場人物はそれなりに多いのですが、位置付けと性格付けがはっきりしており、どのキャラクターにも見せ場がきちんと用意されています。

ただ、キャラの扱いで言えば、「大人化」が終わったキャラクターはその後ほとんど登場しなくなってしまいます。これは何故なんだろうと、ちょっと首を捻りました。大人化後のキャラクターもしっかり描く事で、よりテーマを明確に描き出せたのではないかと言う気もしますが、どんなものでしょう(大人になったキャラクターは舞台から退場させていく事で、春彦の孤独を浮き彫りにさせていっている効果もありますので、何とも言えませんが)。

一方で、大人化を目の前にした子供達の葛藤というかジレンマというか、そう言った感情は非常によく描けていたと思います。特に後半のつぐみの描写は秀逸でしたね。なかんずく留守番電話のメッセージは心にずしんと響きました。名場面だったと思います。そのつぐみですら、ラストは消えてしまうのですが(まあ、あえて春彦が関わらないようにしているとも言えますが)。

「子供から大人になる」というのをテーマにした作品は他にもありますが、この作品は、「大人化処置」という制度により、誰もが強制的に大人になってしまいます。もちろん現実にもやはりみんな大人になり、何かを失っていく訳ですが、独特の設定により、子供から大人になって失い、二度と戻らないものを絶妙に描き出しているところに、他の作品にはないこの作品の魅力がありました。

ただ、全てが妙に後ろ向きなのが気になりました。「大人になって失うもの」にばかりフォーカスされているのです。逆に「大人になったからこそ得られるもの」も多々あるはずなのですが、そこは一切触れられておらず、終始「大人になる」という事を、非常にネガティブに捉えているのが引っかかったのです(あくまで「大人化」であって、本当に大人になる訳ではないから、そのせいもあるかも知れません)。

それならそれで、この制度に抗い何らかの形で風穴を開ける、というような方向性でもあればまだしも、ラストは言ってみれば「先送りにしただけ」と言えなくもありません。やはり、こういうテーマでは、プラス面とマイナス面をこもごも描く方が、対比も効いて、結果的に「大人になると失うもの」をしっかり描け出せたように思えるのですが。最後まで読んで、それは強く感じました。

ツールは吉里吉里です。選択肢のない一本道で、プレイ時間は2時間半くらいです。春から秋までの各章は40分くらい、最後の冬だけは30分くらいですので、プレイの際は参考にしてください。気になる点もあるものの、設定と物語がこれほど不可分に関わって、見事な一本の幹を作っている作品もなかなかありません。難しい事を考えず、単に青春ものとして読んでも、キャラがよく立っていて十分楽しめますので、難しそうな設定に尻込みせず、気軽に読んでみてください。
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